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2016年3月9日水曜日

書籍『私が最近弱っているのは 毎日「なんとなく」食べているからかもしれない』

何かの書評でこの本を知り、中央図書館で借りてみました。


この本で印象的だったのは、著者の方が例えお昼が仕事の合間の短い時間しかなくても、菓子パンをコンビニで選ぶしか選択肢がなくても、一球入魂のように「一菓子パン入魂」で選び、それをきっちり味わう、ということを『意識して』行うと他の全ての行為にも意識が繋がって来る、というくだりでした(今手元にないので詳細間違っていたらスミマセン)

「何となく食べる」のではなく、一品のお惣菜だとしてもパックから出してお皿に盛りつけ直し、「私はこれから○○を食べる」と意識して、食事をする、ということ。

正直、「えー、ホントかな〜」と思って、読み終えた後、何度か実践してみましたら… 

ホントでした(著者の方、ゴメンナサイ)。何と言いますか、自分で選んでいる、選んだものに責任を持つ、そしてそれを意識してきちんと楽しむ、という感じです。

以前、別の機会に「毎日、起きてから眠るまでの全ての選択を『私はあれでなくて、これを選んだ』と意識してから行動に移すと、いざという時の大きな選択も楽にできるようになる」と聞いたことがあります。

マラソンと同じで、毎日短い距離を走る練習を積み重ねると、42.195kmを最終的に完走できるようになる。それと同じ理屈だと。

ベッドから起き上がるときにどちらの足から下りるか、着替えるときどちらの腕から通すのか、食事のとき何から箸をつけるか、それともお茶を先に飲むのか、エレベーターなのか階段なのか、そばなのかうどんなのか、メールなのか電話なのか、それとも… 

毎日、数えきれないほどの選択を意識して、もしくは無意識に、私たちは行っています。
なぜ、それを選んだのか。たまには考えてみても面白いと思います。